巴里阿房旅行記2

せっかくパリに来たので今日は美術館へ行こうと思う。

パリと云えば『美術館』である。

ルーブル、オルセー、オランジェリーなど有名処はもちろん、ピカソやダリ、ロダンなど1人の作家を蒐集した処もある。

どれも日本では考えられないほど充実したコレクションを誇る素晴らしい美術館である。

ただし、先に挙げたものは観光名所ということもあり、どれもそれなりに混んでいる。

日本の美術館のように2時間待ちとかは流石にないが(上野にダリを見に行ったら3時間待ちだったので急遽取り止めてパンダを見に行ったことがある)、絵とゆっくり対話したい人にはあまりお薦めできない。

で、私のお薦めはマルモッタン美術館だ。

この美術館は16区の閑静な高級住宅街(東京だと田園調布によく似ている)のど真ん中にあるという場所柄なのか、ゆっくりと静かに絵を鑑賞できる。

中心部から少し離れているため、人が少ないのもいい。

モネのコレクションが多数あり、印象派が好きな方は必ず気に入ると思う。

もう1つのお薦めはポンピドゥーセンターだ。

パリの美術館の中でも一際目立つ前衛的な建物に似合った近代ー現代美術のコレクションが膨大な数展示されている。

ピカソシャガール、ミロ、マティスなど誰でも知っているような有名な作家の作品もあれば、余程の芸術好きではないと知らない現代作家のコレクションもある。

毎回パリに来る度行ってしまう定番コースだが今回もこちらへ足を運ぶとしよう。

 

最寄り駅のランビュトーから、ルナール通りをセーヌ川へ向かってフラフラと5分くらい歩く。

すると右前方に色とりどりのカラフルな土管に囲まれたけったいな建物が見えてくる。

これがポンピドゥーセンターだ。

やたらだだっ広い正面の広場を抜けて、奇抜な外観とは似合わない、どこにでもありそうな普通のチケットカウンターで入場券を買う。

そして外側の壁を這うように作られた透明のチューブ状のエスカレーターを通って展覧会場へ進む。

SFっぽくてなかなか楽しいが今は夏、日差しが容赦なく照りつけてエスカレーターの中はまるでチューブ式グリル焼き機のようだ。

展覧会場に着く頃には良い色合いに焼きあがったロースト肉ができそうな感じ。

美味しく食べるなら私は痩せて筋ばってるので前方で大量の汗を拭っている丸まると太った白人の婦人がオススメだが。

暑すぎていつもは考えないようなバカなことを考えていたらあっという間に5階の展覧会場に着いた。

5階は企画展が催されている。

『DreamWorld』という絵や写真やCG、立体で新しい世界を構築する展示。

アーティストの頭の中に広がる夢の世界を堪能できる。

とは言っても現代作家の作品らしく、ほとんどは突飛すぎて意味不明なのだが、みんな腕を組みしたり顔で頷いている。

私も同じく眉間に皺など寄せてみて頷いてみる。

私が一番気に入ったのは段ボールで作った高層ビル群にこれまた段ボールで作った腕らしきものが付いたオブジェである。

一体何を表しているのかよく分からないのでしばらくぼんやりと眺めていると、どこからともなくエアロビの音楽が流れてきて、その音に合わせてビル群の手が回りだした。

どうやらビルがエアロビを踊るという趣向らしい。

踊ったところで意図も意味もまったく分からないが、展覧スペース的にもかなり良い位置を占めており、重要な作品であることは間違いない。

芸術とは深遠である。


企画展も一通り見たので、常設展へと移動する。

再度、チューブ式グリル焼き器を伝って3階へと降りる。

そろそろ塩と胡椒を振られてもおかしくない感じだ。

幸運なことに味付けされることなく、3階の扉を潜る。

こちらには現代作家の作品が所狭しと列んでいる。

毎回、この作品群を見て思うのは「声がでかいヤツの勝ち」ということである。

作品の良し悪しはいまいちよく分からないがそこに潜む強烈なエゴだけは感じとれる。

「オイ、見ろよ!オレの作品は素晴らしいだろ、オイっ!!

ほらほら、目ン玉頻向いてしっかり見ろって!!」

とそこかしこから叫び声が聞こえるようだ。

エゴの阿鼻叫喚、自意識の地獄絵図。

生半可な覚悟で行くとエネルギーを吸い取られるので注意した方がいい。

まあ、ぱっと見ゴミの山のように見えるものもあるし、ただの布の塊みたいなものもあるが「声がでかいやつの勝ち」なのだ。

それを象徴する作品として、ショーケースに収められた便器を挙げよう。

ただの男子便器に“R.Mutt”という署名と年号が書かれが「ワタクシ、芸術ですがなにか?」と澄まして透明のケースの中で鎮座している。

その周りで知識人たちがしたり顔をして頷く図は裸の王様を思い出す。

まさに現代芸術のカリカチュア

今回は高校生と思しき集団がそのケースを囲み先生から説明を受けていた。

皆、真剣なまなざしで便器を見つめてメモをとっている。

芸術とは深遠だ。


自意識の亡霊たちから逃げるように階段を駆けて4階へ移動する。

こちらには近代美術の数々が展示されている。

先に挙げたピカソシャガールマティスはもちろんのこと、カンディンスキー、ミロ、ウォーホールコルビジェなど近代の重要な作家の作品はほとんどある。

そして3階の毒気に中てられたあと見るとどの作品もより洗練されて見えるから不思議である。

手法や作品のバックグラウンドは学生時代にかじった程度しか知らない私が見ても、時代の激流をくぐり抜けてきた作品たちは、凛としていて、美しい。

眼福とはまさにこの事也。


美術館に入って約3時間ぶっ通しで作品を見続けて流石に疲れ果てたのでもう一度5階へ上がり、美術館に併設されたレストランに向かう。

このレストランはジャコブ+マクファーレンという世界的にも有名な建築事務所によって創られたものでスノッブ且つなかなか洒落た作りになっている。

店内はテラス席を繋ぐようにガラス張りになっていて眩しすぎるほど光が射しこみシルバーの壁と床に反射して、テーブルの上に飾られたバラの花の紅を一層際立たせている。

宇宙線のような壁の色彩とデザイン、すくと真っ直ぐに立つバラの花はどこか星の王子様を連想させる。

ワガママなバラを見つめながら冷えたビールを呑む。

射し込む光の輝きが、バラの鮮やかな色彩が、金色の液体から立ち上る泡が、目に映らないものより大切じゃない世界なんかに私は生きたくないな、なんて考えながら。

(続く)