巴里阿房旅行記4
せっかくパリに来たので今日は買い物へ行こうと思う。
パリと云えば「買い物」である。
OL的な思考で申し訳ない。
この街には数多くのショップがあり、もちろんヨーロッパブランドは日本よりも20-30%程度安い。
しかも私が今回訪れた7月はソルドの時期。
シーズンを過ぎたものならそこから更に50-70%オフで買える。
服が好きな方なら狂喜乱舞、一歩ステップを踏み外すと買い物袋とカードの支払い額の重さでバランスを失い、転落して二度と戻ってこれないくらい安いのである。
斯くいう私も自前のダンスシューズ持参、踊る気満々でパリにやってきた。
ニジンスキーへの挑戦状を胸に、さあ戦場へ。
パリで集中的に買い物を楽しみたいなら下記に挙げる3つのエリアへ行くのがベターだ。
1つ目はシャンゼリゼ通り~オペラ。
ここは以前書いた通り、「銀座」のような街で凱旋門からオペラまでブランドショップが立ち並ぶパリの中心部にあたる場所である。
もちろん、構えるのは銀座同様ハイエンドなブランドが多い。
エルメス、ヴィトン、シャネル、Dior、サンローラン、イタリア系だとD&G、ボッテガ、プラダなど錚々たる面々だ。
とはいえ、このあたりのハイブランドは20-30%オフになったところで鼻血が出るほど高かったり、ソルドをやってなかったりとなんともけしからん店が多いのも事実である。
さらに東の方へ進むと雰囲気が銀座から青山辺りに近くなり、『ハイプライス』よりも『ハイセンス』なお店へ変化していく(ハイセンスなものもハイプライスではあるのだが)。
東京にもギャルソンと組んで出店していたしご存知の方も多いかと思う。
コレット以外にも、ファッションだけでなくエレクトロテクノのコンピレーションCDも人気を博し最近表参道にも出店していたkitune、
デザイナーが事実上退任しても圧倒的支持を得ているマルタン・マルジェラなど一癖二癖あるブランドが軒を連ねる。
2つ目はマレ地区。
こちらは今パリで一番活気のあるエリアで、日本の雑誌でもよく取り上げられている。
ブランドの直営店よりもセレクトショップが多いのも、この地区の特徴だ。
そしてその代表格がMerciである。
このお店は服だけではなく、キッチン雑貨、家具、果ては花まで販売している
トータルスタイルコーディネートセレクトショップである。
さらに、商品の販売利益がチャリティと結びつくフィランソロピー活動にも重点をおいているパリのセレブ御用達のお店だ。
3つ目がサンジェルマン・デ・プレ。
実は私がパリの中で最も好きな地区の一つでもある。
ハイブランドもカジュアルもセレクトもバランスよくあるし先述の地区より観光客が比較的少なくて落ち着いて買い物しやすいなかなか素敵なプレイスだ。
それもあって、自然と主戦場はこちらに相成った。
いざ、ダンスパーティーへ。
まず私が向かったのはマルジェラである。
オペラにもショップはあるがこちらの方が店に奥行きがあって見やすい。
ステップは軽やかに意気揚々と入店、今シーズンの新作をひらりとかわしながら目指すはもちろんソルドコーナーである。
ジャケット、セーター、コート、シャツ、パンツ、全てが半額。
「足取りは軽やかに、心はクールに!」
そう自分に言い聞かせるが鼓動は早くなるばかりである。
長身で短髪ヒゲ面の男の店員(多分ゲイ)が気さくな笑顔で私になにやら話しかけている。
しかし私の耳にはその言葉は届かず、足は勝手に鼓動のBPMに合わせてステップを踏んでいる。
胸に沸き起こる衝動に任せて、自然に、しなやかに。
ステップ、ターン、ステップ。
ダンス、ダンス、ダンス。
ふと我に返ると、巨大な紙袋を手に持って店の前にいた。
「はて、これは一体なんだろう?」
中を覗くと先程店内で見ていたレザージャケットが入っている。
もしや欲しすぎて盗んでしまったのかしらんと慌てたが左手にしっかりレシートを握り締めていたのでどうやらその心配はないと一先ず安心する。
しかし、である。
客観的に状況を整理するとどうやら私はこのレザージャケットを購入したらしい。
いつの間にか。
これは先程の店員の奇術か催眠術の類なのか?
キツネにつままれたような気分になる。
しかし買ってしまったものは仕方ないし返品するのも忍びない。
気を取り直して次の店へ行くとしよう。
Paul&Joe、カンペール、A.P.Cなどをウインドショッピングしてフラフラ街を歩いているとバレンシアガにたどり着いた。
バッグが有名なこちらのブランドだが、ジャケットやコートにもなかなか定評がある。
また催眠術の類にかけられるのではとビクビクしながらも店に入ってみる。
そんな挙動不審な私を小柄でかわいらしい女性の店員が素敵な笑顔で迎えてくれる。
なかなか感じが良い。
だが心を許すとまた大変な目に遭いそうなので警戒は怠らないようにする。
目を尖らせて、ステップは力強く、服をチェック。
しかしソルドの表示がなく段々と私のステップは弱々しくなっていく。
千鳥足のような覚束ない足取りのステップで冷静に見るとただの布なのにけしからん値段が付いている。
こんな物を買うなんてよっぽどの阿呆だな、などと独り語知る。
そうやって私が独りでブツブツ言ってるのを見ていた先程の店員が何を勘違いしたか口元にキュートな微笑を浮かべてこちらにやってきた。
「ここは表示がないだけで全品50%オフよ」
……ほほう。
しかし50%オフだろうと高い物は高いし、すでに私の左手の紙袋には大物が鎮座している。
私は気のないふりと笑顔を返して出口へと向かう、
……と見せかけて!
緩いターンから強弱をつけた変則ステップで応える。
ターン、エンド、ターン。
ダンス、ダンス、ダンス。
私はカフェで濃いエスプレッソを飲んでいる。
サンジェルマン・デ・プレには歴史のある有名なカフェが多く、お茶をするだけでも楽しい。
今私がいる席にも、もしかしたらあの有名な文人や哲学者たちが座り、仲間たちと語り合ったり原稿と睨みあっていたかもしれない。
そんなことを考えてみる。
フランス語で「花」という名のこのカフェの二階は静かで窓の外に植えられた緑が優しく、穏やかな気持ちになる。
日本では味わえない珈琲の苦さはパリに来たことを思い出させて胸を暖かくしてくれる。
……しかし……
いつ私はこのカフェに来たのだろう?
先程まで買い物を楽しんでいたはずなのに………
ふと、隣に目をやると大きな紙袋がある。
先程、マルジェラで買ったものだ。
……いや、
2つ……2つに増えてる!!
(ゴゴゴゴゴ………)
『待て……落ち着け……オレはどこからの「記憶がない」んだ?
あの店に行った時は確かに記憶があった!!
そう、オレはあの店で服を見ていた……
しかし、今珈琲を飲んでいる!!
クッ……何が……
……一体何が起きてるんだ?!
(ゴゴゴゴゴ………)』
不審な動きがないか辺りを注意深く見渡し、
紙袋を恐る恐る開けてみる。
灰色のショートジャケットである。
カッコいいがバレンシアガである。
50%オフとはいえタダで済むはずがない。
どうやらヤツらの術中にハマってしまったようだ!
私はカードの引き落とし額を考えて憂鬱になり、しばし呆然とする。
マルジェラのレザージャケットを着て、目黒のはなまるうどんに行って貧民セット(素うどんといなりずし 計200円)を食べる自分の姿が頭をよぎる。
恐るべし、パリの魔術!
しかしまあ、買ってしまったものは仕方がない。
帰りにビールを買って家で購入した服を飾り、祝杯をあげよう。
この魔術に酔わされるのも悪くない。
そう、これも、旅だ。
緑色の光線が走る窓をぼんやり覗く。
ああ、パリの光は柔らかく暖かい。
(続く)