F※※k'n summer
宝塚記念が終わり、夏競馬が始まった。
東京の街はまだ梅雨も明けきっていないが、兎角夏が始まったのだ。
競馬好きにとってレーシングカレンダーは季節と連動している。
桜花賞が来ると「春が来たなあ」と浮き足立つし、ダービーが終わると「一年ももう半分過ぎたか」と憂鬱になるし、有馬記念の週になると暮れの寂寥と新年の期待に耽り、一年は過ぎ去っていく。
嗚呼、夏か。
外れ馬券を破り捨てて私は小さくため息を吐く。
夏の始まりはいくつになっても切ない。
紫陽花の枯れる季節はいつも気持ちが落ち着かない。
この気分は昨日呑み過ぎたこととは関係ない。
言い訳じみたヘタな言い回しばかりで大変申し訳ない。
窓際に置いたソファーから眺める梅雨の空は鉛色でまるで私の心模様を映し出しているようで。
『素直な 曇り空 何から始めようか 雨音呟く』
学生時代好きだった人が書いた短歌をふと思い出す。
そういえばあの人は今頃何をしているのだろうか。
当時の私は今よりどうしようもないバカなヤツで、どれくらいバカかというと、好きな人が在籍しているからというどうしようもない理由でまったく興味のない短歌会に所属していたくらいバカだった。
彼女は短歌会の中心にいて、才能もあったし、何より美人だった。
私はといえば、才能もなければ、熱意もなく、ただ彼女に憧れて入ったバカだったのでお茶を濁す短歌ばかり書いて周りに失笑されていた。
『飲み過ぎて 後悔したのに 気が付くとプルを引いてる 終わってるなあ』
『あの馬を 次ぎに買おうとメモをして レースが終わって メモに気が付く(パンチドランク!)』
『ヤレそうだ 確信した日は 大体、毎回部屋で 擦って後悔』
など。
我ながらヒド過ぎて読み返すだけで吐き気がする。
なにより今とやってることがほとんど変わらないところに救いがない。
万事こんな調子だったので講評会では酷評の嵐だったが、彼女は爆笑しながらなぜかいつも褒めてくれた。
「あなたの歌は型にはまってなくてとても魅力的よ なんか変にリズム感いいし 私は好き」
確かそんな事を言ってくれた。
私はそう言われて満更でもなかったし、「(あなたの歌が)私は好き」の()の部分を都合良くデリートして、いつか付き合えるはずだと猛っていた。
『ヤレそうだ 確信した日は 大体、毎回部屋で 擦って後悔』
『旗振って 降る雨蹴って 手を振って もう迷いは捨て 思い出めくって』
彼女の歌は清らかな響きなのにどこか悲しくて儚くて。
会の女性だけでなく、男性にも人気があった。
そんなある日、たまたま彼女と私は一緒に帰ることがあった。
私はいつも通り、途中のコンビニで缶ビールを買い、それを空けながら彼女とたゆたゆと歩いていた。
彼女は呆れて笑いながらも、私が勧めたビールを一緒に呑んでくれた。
6時を過ぎても明るい夏の夜と帰路を急ぐ人を乗せた山手線沿いの道。
暮れゆく陽の光が彼女の長い睫毛に影を落とす。
線路を叩く車輪の音とその間を縫って続く会話。
今でも忘れない、夏の美しい思い出。
『忘れないよ ごまかされないよ 長い冬が 解けていく様に 透き通っていく』
その夏、彼女はこの「青さよ」という短歌で賞を取り、そして一個上の先輩と付き合うことになり、私は短歌会を辞めた。
『巡りゆく 季節に気が付かない バカなオレは ゴール板過ぎて 勝ち馬に気付く』
夏はやはり嫌いだ。
respect by 小谷美紗子「雨音呟く」「日めくり」「青さ」