SndY Morning

11月のある日、オレはガールフレンドが出ていったがらんとした部屋でセミダブルのベッドに横たわりレコードを聴いていた。

布団からは仄かに甘い香りがする。

彼女の匂いだ。

The velvet undergroundSunday morning』が気怠い空気の中で漂っている。

曲名と違って今日は木曜日でしかも夕方近かったが、ここ最近学校にも行かず(夏休みが終わってから数えるほどしか行ってなかったのだが)引き蘢っているオレにとって日曜も木曜も朝も昼も夜も同じ事だったのでその曲は気分によく似合っていた。

 

この1週間余り、部屋からほとんど出なかった。

生活費は全て親からの仕送りで賄っていたのでバイトもしていなかったし特に外出する用事もなかった。

腹が減った時だけ近くのコンビニに弁当やパンを買いに行った。

オレは薄暗い天井を見つめながら何故彼女が出て行ったのかをずっと考えていた。

けれど答えは見つからなかった。

思い返してみればどんな些細な事も理由になる気がしたしどれも理由にはならない気がした。 

 

彼女は何も言わず、書き置きも残さず出て行った。

あまりに何の予兆もなかったのでいなくなった最初の夜は帰りが遅いだけだろうと特に気にせず眠りについた。

というよりは近くの呑み屋で酩酊してフラフラになって帰ってきたのでそんな事を考えている余裕もなかっただけのことなんだけれど。

 

だが、朝起きても彼女は帰ってこなかった。

洗面台に顔を洗いに行くと彼女がいつも使っていた化粧品が姿を消していた。

クローゼットを開けて中身を確認してみると、彼女の鞄と服だけがきれいに無くなっていた。

改めて部屋中見渡すと彼女の物はほとんど見当たらなかった。

残っていたのは埃まみれになって積まれた文庫本とマンガだけだった。

 

なんとなく不安になったので、掻き消す為に酒を呑んだ。

一人でへべれけになるまで呑むと明日の朝には彼女が帰ってくるような気がしてきたのでそのままベッドに倒れこみ眠った。

いつも寝る前に彼女が身につけていたゴルチエの香水が残る布団に包まるとさっきまでの最悪な気持ちが薄らいでなんだか幸せな気持ちになれた。

 

どれくらい寝ていたのだろう。

まだアルコールが残って惚ける頭を振って起き上がる。

淡い期待に揺れながら薄目で西日の照らす薄暗い部屋を見渡す。

けれど、彼女の影すらなくて。

携帯も眺めたけれど彼女からどころか一件のメールも着信もなかった。

なんとなく彼女の番号を液晶画面に呼び出しては消してを繰り返す。

すると突然携帯が鳴った!

……が、携帯の液晶に表示された名前は『ヤマダ』だった。

腹の底から搾り出すようにため息を吐き通話ボタンを押す。

「今から遊びに行っていい?」

「土産に酒を持ってきてくれるなら」

「オッケー。じゃあ、酒を買って行くよ」

 

30分後、ヤマダは土産にウイスキーを持って部屋にやってきた。

ウイスキーはなかなか上等なヤツだったので

オレは上機嫌でヤマダを部屋に通して一緒にそのウイスキーをロックで飲んだ。

ヤマダは大学の数少ない友人の一人だ。

ヤマダは目鼻筋が通ったなかなかクールな風貌なのに元来の人見知りする性格のせいか、余り友達は多くなかった(とはいえ、オレよりは随分多い)。

 

オレがあまり学校に行かなくなってからも授業の終わった後、時間がある時はよく遊びに来た(オレのアパートは学校から歩いて5分くらいの所にある)。

 

ヤマダはオレに関係する世界の近況を教えてくれた。

大学では文化祭が行われたらしい。

オレはこれ以上休むと重要な単位を落とすらしい。

最近リリースされたThe Libertinesの『Up the Bracket』は最高だ。

The Strokesはクソだ。

The White StripesはまあOKだ。

最近彼女ができた。

彼女とはバイト先のレコードショップで知り合った。

彼女はヤマダより2つ年下だが、ヤマダと付き合う前に20人以上の男と付き合っていたらしい。 

ヤマダは

「オレは今まで4人としか付き合った事がないからおよそ5倍だよ。」

と言った。

オレは

「前の彼女としか付き合った事がないオレのおよそ20倍だな。」

と応えた。

オレ達はお互いなんとなく笑った。 

別に面白くなかったが笑うしかなかったのだ。

2人で笑い続けていたらなんだかムカついてきたので怒りのやり場をレコードに求めてThe Smithsの『The Queen Is Dead』をかけた。

メロウな音が心地よく部屋に満ちていく。

こんな不公平でどうしようもない世の中でも

生きていればいい事があるって思える音だった。

少しだけ救われた気がしてきたのでそのまま酒を呑み続け、くだらない話をして大いに笑った。

そしてレコードに合わせて2人で歌った。

「Some girls are bigger than others
Some girls are bigger than others
Some girl's mothers are bigger than
Other girl's mothers・・・」

 

ヤマダが帰った後、泥酔したオレは風呂にも入らずそのまま蒲団に潜った。

彼女の甘い残り香は消えかかっていた。

目を瞑って羊を数えてみたがまったく眠れなかった。

時計の音がやけに気になる。

起き出してヤマダの持ってきてくれたウイスキーの残りを呑んだ。

何の味もしなかったけれどダブルで2杯呑んだ。

それからもう一度蒲団に潜った。

ほんの少しだけ彼女の匂いを思い出した。

冷たい蒲団でオレは一人眠りについた。

 

昼過ぎに目を覚ましてしばらく蒲団の中で微睡む。

心地よさに溺れるように。

それにも飽きて目を開いて、ぼんやりと天井を見つめる。

彼女の匂いはもう消えてしまった。

そして、彼女はもう帰ってこないだろう。

当たり前のことにやっと気が付いた。

いや、最初から気が付いていたのに気が付かないフリをしていた。

だから気が付いたフリをした。

1時間後にオレはようやく起き上がりシャワーを浴びて、風呂場で久しぶりに髭を剃って、部屋の片隅に置きっぱなしになっていた彼女の本を携えて駅前の古本屋に向かった。

買取カウンターのおかっぱで眼鏡の冴えない女の子にその本を手渡す。

女の子はオレの顔を見て、

「冴えない男が冴えない古本を持ってきたよ……」

という顔をしながら、

「しばらくお待ち下さい」

と言って査定のため、奥に去っていった。

オレは手持ち無沙汰なまま、古本を眺めて時間をつぶす。

10分後、名前を呼ばれてカウンターに行くと

「7冊で125円ですがよろしいですか?」

と先ほどの眼鏡の冴えない女の子から無愛想に言われたのでオレは無言で微笑み頷いた。

 

100円玉と10円玉と5円玉を財布に入れず、握り締めたまま近くのゲームセンターに行き脱衣麻雀をやった。

開始5分で照れるように顔を赤らめたやたら目と胸がデカいアニメーションの女の子に

「ロン!」

と告げられ、服を一枚も脱がせる事ができずに負けた。

席を立ち、近くのコンビニでチロルチョコを買って残りの小銭をレジ横の募金箱に入れた。

それを食べながら帰った。

想像通りの安っぽい味がしたが今のオレには相応しい気がしてきて空虚感を吐き出すようにして笑った。

こうしてオレの22歳の恋は終わった。